2016年11月30日に「協同組合において共通の利益を形にするという思想と実践」(以下「協同組合の思想と実践」)がユネスコの無形文化遺産に登録されました。 このページでは、「協同組合の思想と実践」のユネスコ無形文化遺産登録に関する情報を紹介しますので、ご活用ください。 「協同組合の思想と実践」のユネスコ無形文化遺産登録に関して広報等にご活用いただくに際しては、活用ガイドライン(PDF)をご参照ください。
ユネスコすなわち国際連合教育科学文化機関は、教育、科学、文化を通じ諸国民の間の協力を促進し、人類の平和と安全に貢献することを目的とした国連の専門機関で、1945年11月16日採択のユネスコ憲章にもとづき、1946年11月4日に創設されました。日本は1951年7月2日に加盟しています。
ユネスコ憲章の前文にはよく知られた一文「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」があり、再び戦争を起こさないために、さまざまな国の多様な文化に対する相互理解をすすめることがユネスコ創設の精神です。任務の一つとして文化遺産の保護を行っています。
※ユネスコ憲章(文部科学省ウェブサイト)
無形文化遺産の保護に関しては、「無形文化遺産の保護に関する条約」(以下「無形文化遺産保護条約」または「同条約」)に規定されています。
※無形文化遺産保護条約(文部科学省ウェブサイト)
同条約は、2003年の第32回ユネスコ総会で採択され、2006年に30か国の批准をもって発効した条約で、その目的は次のとおりです。
○無形文化遺産保護条約 第1条
第一条 条約の目的
この条約の目的は、次のとおりとする。
出典:文部科学省ウェブサイト
無形文化遺産を保護するだけではなくて、それについての尊重を確保し、意識を高めることも目的としています。
2017年5月末現在、174カ国が同条約を批准し締約国となっています。
「無形文化遺産」は無形文化遺産保護条約の第2条において、次のように定義されています。
○無形文化遺産保護条約 第2条(抜粋。下線は引用に際しつけました)
第2条 定義
この条約の適用上、
出典:文部科学省ウェブサイト
このように、「無形文化遺産」とは慣習、表現、技術などで、その担い手であるコミュニティの人たちが自分たちのものだと考えており、そのコミュニティのなかで継承されてきて、現在も生きており、さらに将来に受け継がれていくものです。
「無形文化遺産」というと「過去の遺物」のようなものを連想しかねませんが、条約における定義を見れば「世代から世代へと伝承され」「社会及び集団が…絶えず再現」するとされており、決して過去のものではありません。「遺産」は条約正文の言語の一つである英語でみるとheritageで、「現在も続いている」とのニュアンスが強い「伝統」とも訳すことができます。また、条文中の「再現」の語は英語ではrecreateで、「再創造」とも訳すことができます。つまり、現在も人々の営みとして生きているものなのです。
ユネスコのウェブサイトにあるQ&Aでも、次のように述べています。
(無形文化遺産は)遺産(伝統)の生きた形であり、不断に再創造され、我々が我々の実践や伝統を環境に適応させていくなかで進化・発展していくものである。
出典:ユネスコウェブサイト
「保護(safeguarding)」は、無形文化遺産保護条約の第2条において、次のように定義されています。
○無形文化遺産保護条約 第2条(抜粋。下線は引用に際しつけました)
第2条 定義
この条約の適用上、
(略)
出典:文部科学省ウェブサイト
つまり「保護」とは、無形文化遺産の存続を確保するための措置で、促進、拡充、伝承、再活性化なども含むものです。
「保護」という言葉からは「凍結保存」のようなイメージを持ちがちですが、無形文化遺産保護条約が求める「保護」とは、無形文化遺産を受け継ぎ、現代に適用し発展させ、次世代に引き継いでいくことを意味しています。
ユネスコのウェブサイトのQ&Aでも次のように述べています。
保護(safeguarding)とは、通常の意味での保護(protection)や保全(conservation)を意味するのではない。なぜなら、これらの言葉は無形文化遺産を固定されたもの、凍結されたものにしてしまうからだ。保護(safeguarding)とは、無形文化遺産の存続する力を確保することを意味する。すなわち、その不断の再創造と伝達を確保することである。
条約を批准し締約国となると、自国内の無形文化遺産の保護のための必要な措置、自国内の無形文化遺産の認定が求められます。「認定」のため、締約国は、自国内の無形文化遺産の目録作成が求められます。
日本の場合、「重要無形文化財」,「重要無形民俗文化財」及び「選定保存技術」の一覧が、条約が締約国に作成を求める「自国内の無形文化遺産の目録」にあたります。
無形文化遺産保護条約は、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」の作成について定めており、通常言われる「ユネスコの無形文化遺産に登録される」とは、この一覧表に登録あるいは記載(inscription)されることを指します。
つまり、「ユネスコの無形文化遺産に登録される」とは、「ユネスコ総会で採択された『無形文化遺産の保護に関する条約』に定める『人類の無形文化遺産の代表的な一覧表』に記載されること」を指しています。
無形文化遺産保護条約では、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」(以下「代表一覧表」)について次のように定めています。
○無形文化遺産保護条約 第16条
(下線は引用者。「委員会」は後述の「政府間委員会」のこと)
Ⅳ 無形文化遺産の国際的保護
第十六条 人類の無形文化遺産の代表的な一覧表
出典:文部科学省ウェブサイト
代表一覧表とは、無形文化遺産の「代表的な」一覧表であり、無形文化遺産の認知、重要性の認識、文化の多様性を尊重する対話の促進のために作成されるものです。つまり、「これほど文化は多様だ」と示すために代表的とされた無形文化遺産の一覧表であり、記載された案件は類似の活動を代表していると考えられます。
ある無形文化遺産の案件が無形文化遺産に登録されるためには(すなわち、代表一覧表に記載されるためには)、条約の締約国のうちの一国あるいは複数国がその無形文化遺産の代表一覧表への記載を提案することが必要です。「協同組合の思想と実践」の場合、提案したのはドイツでした。
提案された案件が代表一覧表に記載されるためには、次に示すような5つの条件を満たすことが必要です。
○無形文化遺産の保護に関する条約運用指示書 第2条
第2条
申請国は、申請書において、代表一覧表への記載申請案件が、次のすべての条件を満たしていることを証明するよう求められる。
出典:文化庁ウェブサイト
無形文化遺産保護条約は、「無形文化遺産の保護のための政府間委員会」(以下「政府間委員会」)の設置を定めており、政府間委員会の任務の一つが、無形文化遺産の登録です。政府間委員会は24の締約国で構成され、毎年1回会合を行います。
「協同組合の思想と実践」の登録は、2016年11月28日から12月2日までエチオピアの首都アディスアベバで開催された政府間委員会が11月30日に決定しました。
ドイツは2013年4月10日、世界で153番目に無形文化遺産保護条約を批准しました。同条約は2003年に採択され2006年に発効しているので、多くの国が批准したあと、かなり遅めの批准でした。
なお、日本は2004年に世界で3番目に批准しています。
ドイツは2013年4月の無形文化遺産保護条約批准の直後から、同条約で求められている国内の無形文化遺産の目録作成を開始しました。
同年5月3日から11月30日まで国内から受け付けた128の提案から事前選考を経て83案件が、2013年4月にドイツのユネスコ委員会の理事会が指名した専門家委員会に送られました。
専門家委員会は技術的評価を行い27案件を推薦し、2014年12月に各州教育文化大臣と連邦政府の文化メディア担当国務大臣による常設委員会が、これら27案件をドイツの無形文化遺産の国内目録の最初の案件として承認しました。
国内の目録作成を踏まえ、2015年3月、ドイツは「協同組合の思想と実践」を、代表一覧表への記載に向けたドイツからの最初の提案案件として提案しました。
提案書では、協同組合について次のように述べています。
協同組合が共通の利益の特定と組織化を可能にすることから、協同組合はコミュニティづくりの実践となっている。これが協同組合のもっとも重要な文化的資産である。なぜなら、こうした市民の能力こそ、社会における社会問題・環境問題に対するイノベーションや実現可能な解決策への重要な貢献であるからだ。協同組合は社会的サービスの多様性をもたらす。協同組合は前向きな変化を促進し、コミュニティの課題の克服に貢献する。
(ドイツからの提案書の項目1(iv)。提案書全体の和訳は本協議会ウェブサイト内のこちら)
コミュニティが直面する課題に対して、市民が参加し話し合い共通の利益を特定し解決策を見出し、課題を克服していく、そのための仕組みとして協同組合を評価しています。
今回の提案では、「協同組合の思想と実践」の無形文化遺産登録(すなわち代表一覧表への記載)が、「社会的自己組織化」という無形文化遺産の新たな側面を示すことが強調されており、そのことは、ドイツからの提案書の次のような記述に示されています。
代表一覧表への記載によって、無形文化遺産の新たな側面が示されるだろう。つまり、無形文化遺産が、あらゆる種類の集団、コミュニティ、さらに社会全体における生活の構築に貢献する社会的自己組織化の形で示されることができるだろう。
(ドイツからの提案書の項目2(i)。下線は引用者。提案書全体の和訳は本協議会ウェブサイト内のこちら)
また、ドイツの提案は協同組合の世界的な広がりを意識したもので、代表一覧表への記載が協同組合の発展を後押しすることを、次のように述べています。
協同組合は世界中に広がっており、代表一覧表への記載は協同組合の思想と実践を地球規模で強化するだろう。(中略)
より多くの集団やコミュニティが、自分たちのニーズに協同組合の概念を適応させるよう奨励されるだろう。経験の交流が促進され、既存の国内および世界的ネットワークが強化されるだろう。
(ドイツからの提案書の項目2(ii)。提案書全体の和訳は本協議会ウェブサイト内のこちら)
ドイツから提案された「協同組合の思想と実践」は、2016年11月30日の政府間委員会において、定められた5つの条件を満たし、代表一覧表に記載されることが決定されました。
政府間委員会は決定にあたって次のように述べました。
協同組合は共通の利益と価値を通じてコミュニティづくりを行うことができる組織であり、雇用の創出や高齢者支援から都市の活性化や再生可能エネルギープロジェクトまで、さまざまな社会的な問題への創意工夫あふれる解決策を編み出している。
(政府間委員会の決定の第1パラグラフ。決定全体の和訳は本協議会ウェブサイト内のこちら)
今回の登録について、地元ドイツの協同組合中央会であるドイツ協同組合ライファイゼン連盟(DGRV)はプレスリリースを発表、オットー理事長は、「ともに行動し、より多くを成し遂げる。それが世界中の協同組合の強いメッセージです。我々は、ユネスコがこの伝統的であると同時にきわめて現代的である協同組合における協同の思想を評価したことを非常に喜んでいます」とコメントしました(DGRVウェブサイトの当該ページ(英語)はこちら)。
また、国際協同組合同盟(ICA)は、2016年12月5日のプレスリリースで、このことを伝えるとともに、グールド事務局長は、「協同組合運動の2016年の大きな達成の一つ」と評価しました(グールド事務局長のリンクトイン・ページ(英語)はこちら。その和訳は本協議会ウェブサイト内のこちら)。
日本国内の多様な協同組合の全国組織で構成される「日本協同組合連絡協議会(JJC)」は、今回の登録を「喜びを持って受け止めるとともに、今後も世界の協同組合の仲間と連帯しながら、日本において協同組合の思想と実践をさらに発展させ、よりよい社会づくりに貢献していく」と述べました(2016年12月14日付JJCプレスリリース(本協議会ウェブサイト内のこちら))。
「我が事・丸ごと」地域共生社会の実現を掲げる厚生労働省では、2017年3月2日に開催された「社会・援護局関係主管課長会議」資料のうち地域福祉課(そのなかに生協を担当する「消費生活協同組合業務室」があります)による資料4の「第4消費生活協同組合の指導について」の項で、「協同組合の思想と実践」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことに触れ、次のように述べています。
10 協同組合がユネスコの「無形文化遺産」に登録されたことについて
ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は、平成28年11月30日、アディスアベバ(エチオピア)で開催された無形文化遺産保護条約第11回政府間委員会において、「共通の利益の実現のために協同組合を組織するという思想と実践」のユネスコ無形文化遺産への登録を決定した。
今回の登録は、全世界で展開されている協同組合の思想と実践が、人類の大切な財産であり、これを受け継ぎ発展させていくことが求められていることを、国際社会が評価したものと考えられる。
各都道府県におかれては、本登録を踏まえ、引き続き、自発的な生活協同組織である生協の健全な発達を支援されたい。
同じ資料のなかでは、地域共生社会実現に向けた生協の役割発揮に期待し、次のように述べられており、ドイツが提案しユネスコが評価した「協同組合は前向きな変化を促進し、コミュニティの課題の克服に貢献する」ことが、ここでも期待されていると言えます。
5 事業及び組合員活動における地域共生社会の実現に向けた取組について
(1)人口減少、少子高齢化、家族や地域社会の変容などにより地域の支え合いが失われつつあり、人と人のつながりを育て、多様性を尊重し包括する「地域共生社会」の実現が重要な課題となっている中、互助組織である生協が助け合いの輪を拡げることや、地域社会の困りごとに対応できるよう、事業や組合員活動を積極的に実施することが期待される。
生協は、今後特に、自治体、関係事業者・団体、自治会、ボランティア団体などとの連携・協力関係を強化して、今後の高齢者の日常生活支援、子育て支援、生活困窮者支援等を充実する重要な即戦力となり得る。
各都道府県におかれては、日々のくらしを支えるという生協の〝やる気 〟に対し、適切に評価していただき、都道府県内の関係部署や関係市町村とも連携の上、協力関係の構築や取組の活用の検討をお願いする。
同資料はこちら(ユネスコ無形文化遺産登録については資料内のページ番号で57ページ、地域共生社会の実現に向けた生協の役割については55ページ)
同会議の資料の全体はこちら(このうち資料4が地域福祉課の資料です)
「協同組合の思想と実践」はドイツから提案されたものですが、地域的な限定はありません。ドイツとしても、「協同組合の思想と実践」が世界的な広がりを持つことを意識して提案しています。
もちろん、登録のための条件として、ドイツの協同組合や提案国ドイツによって保護措置がとられているからこそ、登録が認められたことは確かです。しかしながら、登録された内容は、国の限定のない、世界の協同組合が受け継ぎ実践している「協同組合の思想と実践」であり、日本を含めた世界中の「協同組合の思想と実践」の代表として代表一覧表に登録されたものです。